非営利活動法人 いこま山の子会

保護者の声

心の自由を許す

2020年度 卒園児保護者

私たち家族は、いこま山のようちえんと出会うことができて、本当に幸せだったと心から想っています。気づかぬうちに「~べき」という人間が作り出した虚像の中で生きることが正しいと、そしてそれはなかなか窮屈だったり、せかせかしていたり、心もギザギザすることも多いものだったりするかなと感じるのですが、そういうのをとっぱらって、「今、この地球の美しさと人間としてこの時代に生まれてきた喜びを命いっぱい自分らしく生きる」を、人生の土台ともいえる幼少期に過ごさせてもらえたこと。何にもかえがたい宝物のような時間だったと感謝しかありません。それは、フィールドがまず山の中で、人間がコントロールしようなんておこがましい、命の源であるエネルギー溢れるところだったということ。そして、子どもを真ん中に置いた自由教育を真に実践してくださったスタッフさんみなさんが居てくれたということ。一人ひとりが人間らしく、その子らしく、生きる・感性を育む要素すべてがそこにあるという環境だったのではないかと、そんなことを考えると、何度も私自身も満たされる思いです。
 つちのこクラブからお世話になってのこの約4年半。私自身が育ちなおしをさせていただきました。おひさまカフェでののりちゃんからの話に雷に打たれたような衝撃、いままでの自分が必死で握りしめてきた「常識」、守ろうとしていた「~べき」、求め続けていた「正解」。全てにおいてとらわれなくていいんだ。正解はひとりひとりの中にあって、みんな違っていいんだ。嫌な気持ちを抱いても良んだ。そんな自分もいいよって認めてもいいんだ。常に苦労してなくてもいいんだと思うと、みるみる何かから解放されていくようで、「生きる」って楽しくていいんだと、やっと許可を自分に出せた気がします。Sにも、せっかく人間として生まれてきたのだから、いろいろな感情を味わい尽くしてもらいたいな。「辛い」「苦しい」「悔しい」「悲しい」親からしたらついそんな思いをわが子にさせたくないなと思うような感情、そこもめいっぱい感じてもらって、その先にある本当の魂が喜ぶような「喜び」「楽しさ」「幸せ」を、自分と、繋がりのある人たちと一緒に感じ切ってもらえるようになったらいいなと思っています。これも身勝手な親の期待やなと思いつつ(笑)祈り、のようなものでしょうか。
 お山のスタッフさん、お山で出会えたお母さんたち、Sとかかわってくれたお友達みんな、出会ってくれて本当にありがとうございました。これからも頂いた繋がりを大切にして生きたいです。

運動会の3年間

2020年度 卒園児保護者

年少組、初めての運動会。息子は朝から言葉少なめで、お山に着くと、こわばった顔で出てきた言葉は、「今日は見るだけにする」でした。スタッフからも無理に参加しなくて大丈夫ですとお話しがあり、”どうして?””やってみたら?”という言葉をぐっと飲み込みました。私と夫は息子と手を繋いで、少し離れたところで、ただただ見ていました。子供の運動会というものに、勝手なイメージを持っていた私は、そのギャップに何とも言えない気持ちになり、運動会が終わった後も、ただ見守るだけで本当に良かったのかな、もう少し後押ししてあげれば良かったのでは、と自身に問いかけていました。
年中組の時は、とても楽しみに迎えることが出来たのですが、当日お山に着くと「やっぱり…。」でも、少し参加できるものがあったり、数日前に出来るようになった崖登りを、一生懸命披露してくれました。
そして迎えた今年の運動会。最初話し合いに積極的に関わっていて、色々とお話しもしてくれていたのですが、いよいよ日にちが近くなってくると、またまた不安が見え隠れ。どうしたの?の問いかけに、「運動会あまり好きじゃないねん、競争したり嫌やねん」
と、ぽつり。「それならSくんがやりたいこと、楽しいと思える運動会にしたらどうかな?」と提案してみました。「そうやな!」
他のお友達の「運動会やりたくない」という言葉から息子の気持ちも引き出してもらい、さらに子ども達1人ひとり、みんなの気持ちを、スタッフの皆さんが大切に拾って繋ぎ合わせてくれて、とても素敵な運動会『にじいろ、でんしゃ、ほし、たけ、パーティ、会』になりました。
最初の挨拶でのりちゃんが、今回の経緯を説明している時、「運動会やりたくないって言う子が居てね」というと、「それ、僕!」と言う声。「競争は嫌だから、電車になって走りたいって言う子が出てきてね」と話しすると、「それ、僕が言ったよ!」と自慢げに答える息子。後ろ向きとされがちな気持ちも、『大切にするべき自分の気持ち』として先ずは受け取ってもらえることで、恥ずかしい事、よくない事となるのではなく、自分の軸として、自分を支えるもの、となるのだなと気づかされました。そして、ただ見守るということは、子どもが自分自身を生きること、に繋がること、と改めて感じました。最初の2年間があっての、この運動会。
今日は楽しかった?というスタッフの問いかけに、楽しかったー!と大きな声で答えた息子の充された顔を見て、胸がいっぱいになりました。 きっと忘れない。ありがとうございました。

子どもの成長、親の成長

2018年度 卒園児保護者

つちのこクラブに2年、ようちえんに3年通い、私の子育ては「いこま山のようちえん」が常にそばにありました。新しい環境や初めて会う人に時間がかかるタイプだった息子には、自分のペースを大切にしてくれる幼稚園のほうが楽しく過ごせるだろうなという思いと、お山の自由保育の理念への共感もあり「いこま山のようちえん」を選びました。
お山に入ってみたら、目から鱗の連続で、いろいろな気付きがありました。
その中でも、これから忘れないでおこうと思っていることが3つあります。

1つめは、一緒に遊んでいる子どもたちから外れて一人ぽつんとしている子は、「よく観察している」ということです。私は、「なんで輪の中に入れないのかな、もっとみんなと関われる子になってほしいなあ」といつも背中を押したくてウズウズ居心地の悪い思いでいたのですが、スタッフが輪に入らないことを否定せず、「観察しているんだな」と見守ってくれていることを知って、なんて懐の大きい関わりをしてくれているんだろうと思いました。スタッフだけじゃなく、先輩の保護者のお母さんたちからも「輪に入らないと自己主張できるKくんは素晴らしいね!」と言われ、「ああそうか、やらないと言いながら実はいろいろと観察しながら考えているんやな。」と気づき、息子に対して心のどこかで「なかなかまわりになじめない性格、変えてほしい。」と思っていた自分にも気づきました。そして、親の私が子どもの性格を否定していたら子どもはつらいし、受け入れることから子育ては始まるんだな、と思いました。

2つめは、「機が熟す」とトントン拍子に成長するということ。 今、これをすごく実感していて、あんなに私の陰に隠れてジッと観察していた息子が、初対面の大人にも子どもにも人見知りせず話しかけ、自分の意見をしっかり言えることに「この子本当にウチの息子?」と目を丸くすることが多々あります。 スタッフからよく、「子どもの成長は順調に見えず、時には後退しているように見えることもある。けれどそれは次のステップに飛躍するための準備で、貯金している期間なんですよ。」と言われていました。いつまでも観察を続ける息子に、「いつになったら観察は終わるんやろう…ずっと観察したままでおわるんかな…」と思っていたのですが、年長の夏にいきなりタガが外れたように花開き、「貯金期間おわったんやな、機が熟すって本当なんやな」ということを目の当たりにしました。 そのひとつに、万燈会でのエピソードがあります。宝山寺で開かれた万燈会にいこま山のようちえんが出店し、子供たちも店番した時のこと。
年少、年中、年長とイベントのたび店番には興味を示さなかった息子が、朝からはりきって看板を作り、お友だちのお兄ちゃん(小学生)を隊長に、はりきって呼び込みをしている姿に、胸が熱くなりました。
あんなに恥ずかしがり屋で、遠くから観察しているのが常だったのに、少し前から何かのタガが外れたように、初対面の人に話しかけにいったりするようになり、年長って三年間の集大成なんだな、もうすぐ小学生なんだな、というのを実感しています。
親が子どもに対して「なぜこの子はこんなんなんやろう…」となる時は、貯金をしている最中だということが身をもって分かったので、これからもそういうことがあれば“一歩引いて待つ”ことを心がけたいと思います。
3つめは、息子の口ぐせが「○○するのはどう?」ということです。
例えば息子はまだ友だちの家で遊びたい、でも私はまだ家事がいっぱい残っているからもう帰りたいという時。
私「まだ用事いっぱい残っているしもう帰りたいねんけど。晩ごはんの支度も洗濯物たたむのも、犬の散歩も終わっていない」
息子「じゃあ洗濯物はKがたたむから、あとちょっと遊びたい」
私「分かった、じゃああと30分だけ」
息子「OK」
これはお山のおかげとつくづく思っています。ようちえんでの遊びは、何時からこれをすると決まっていなくて、子ども同士話し合いで決めます。スタッフは遊んでいてトラブルが起きても、子ども同士の通訳に徹して、決して大人が解決しないからこそこういう力が培われたのだな、とありがたく思っています。
そして、ついつい子どもに○○しなさいと言ってしまうけど、それって実は大人にとって都合が悪いから言っているだけで、よく考えたら他にもやり方はあるやん、てことが多かったりするから、私自身が子どもに教えられているなあと思います。
頭を柔軟に、子どもを上下関係でなく人格を持つ一人の人間として見ること。ひとりの人と人同士の関わりを大切にしていきたいと思っています。

お山での日々は、自分自身と向き合うことが多いから、楽しいだけでなく、「楽しい」と「しんどい」が隣り合わせの日々だったと思います。でも、しんどいぶんだけ豊かな考え方や子育ての楽しさがいっぱいで、子どもはもちろん親も成長させてもらったと思います。親は自分の思い込みに気づくことで心が解放され、親自身も自由になれる。長年の思考のくせを解き放つのには時間がかかるけれど、お山で新しい思考回路ができたことは、これからの財産になっていると思います。卒園しても、お山で教えてもらったことは、我が家の文化になり、これからもずっと続いていくだろうと思います。

見守り・支え・そっと手伝う、待つことの大切さ

2015年度卒園児の保護者

入園当初、親子登園をしていると、年中の息子は、私から離れてお山で楽しそうに遊んでいました。 でも1か月たって、母親の付き添いなしの登園が始まると「一緒にお山にいてほしい。」と言いました。私には一見、息子は何の問題もないように見えていたので驚きました。 息子の心の中には、私が気づかなかった思いがあったようです。私は息子が安心して一人で登園できるまで、一緒にお山で過ごそうと思いました。 夏が来ようとする頃、とうとう息子が「一人で大丈夫。」と言いました。 私もスタッフの方々も息子に「そろそろ一人で登園できる?」とは尋ねず、ただじっと待ちました。長い時間をかけたあと、自分の心から出てきた言葉には、息子の自信にあふれた思いが感じられました。 その後も何かある度にスタッフの方々は、息子の心が動くまでじっと待ち、見守り、支え、そっと手伝ったり、励ましたりしてくださいました。 私はそういう待つことの大切さに気付きました。
子どもには本来備わった力があります。それを発揮できるようになるまで、手や口をださずに待つのは、時に勇気のいることです。 でもそれはとても大切なことだと、今の息子を見ていると感じます。

大人が関与しない中で子どもはたくさんのことを学ぶ

卒園児&在園児の保護者

お山では縦割り保育なので、異年齢の子どもが一緒になって遊びます。年下の子は年上の子に憧れがあるようで、年上の子どもにもらった木の棒を嬉しそうに見せてくれたりします。 子どもの関わりも見ていて面白いです。先日も生駒山麓公園まで歩いて行ったとき、年下の子たちが、荷物が重くてもう持てないと言ったとき、年上の子どもは下の子どもの分まで荷物を2個も3個も持って歩いたそうです。 そうかと思えば、新年度で新しい友達が入園してくると最初は仲間に入れなかったり、排除するようなこともします。新しい友達が来て環境が変わり、子どもも不安になるのだと思うのですが、新年度が始まったときはどうなることやらとハラハラしました。スタッフが「入れてあげよう」とか「一緒に遊ぼう」とか仲介しなくても、子どもたちは時間をかけてちゃんと自分の居場所を作るのがすごいなと思いました。
子どもは子ども同士、それぞれのやり方で自然にお互いを受け入れ、気が付けばどの子もちゃんと仲間になっています。 大人が関与しない中で、一緒に遊んだり、助け合ったり、喧嘩したりしながら、子どもはたくさんのことを学んでいるのだと思いました。

息子の幼稚園を探す中で出会った「生きる力を育てる」山のようちえん

2015年度卒園児の保護者の声

私は子育てをする過程で様々な情報に触れるにつれ、「生きる力を育てる」、「自分に備わる機能を十分に発揮する、 からだとこころづくり」にとても興味が向きました。年中で息子の幼稚園を探す中、ある本を読んで「リアルな感覚」を育てることにも共感していたところに偶然見つけたお山のようちえん。説明会で聞いたお山の保育は「スタッフは見守り、待ち、サポートする」、「五感をつかう。子どもは遊びを自分が自ら見つけ出し、創造し、発展させ納得いくまで遊ぶ。自分の気持ちを自分で伝えるような場所。どんな気持ちも受け止めてくれることで育まれる自尊感情。」などで、どれも「生きる力を育てる」ことに必要だ!!と思うと同時に、様々な固定観念がついた私では日々の生活に取り入れて実践して行くのは難しいだろうと思い、お山の入園を決めました。
息子にとってはものわかりの良い大人の世界から初めて入る子どもの世界。スタッフの「見守り、待ち、サポート」するという保育は息子にとってはとても合っていたと思います。自然環境も手伝い、随分としなやかなかからだとこころになったのではないかと思います。これから先、どのように成長するかとても楽しみです。